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広島高等裁判所 昭和31年(ネ)275号 判決

控訴人 申請人 株式会社原田商店

代表者 原田辰枝

訴訟代理人 飯田信一

被控訴人 被申請人 吉岡一枝 外二名

訴訟代理人 椎木緑司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、控訴人の申請により広島地方裁判所が昭和三十一年二月二十二日なした仮処分決定(昭和三十一年(ヨ)第四〇号)はこれを認可する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、疏明の提出、認否、援用は左記の点を附加する外何れも原判決事実摘示と同一なのでここにこれを引用する。

控訴代理人は疏甲第八号証の一、二、三を提出し当審証人原田繁の証言を援用し、疏乙第七号証の一、二、三の成立を認めると述べ、被控訴代理人は疏乙第七号証の一、二、三を提出し、当審被控訴人吉岡一枝本人尋問の結果を援用し、疏甲第八号証の一は訂正印のみの成立を認め他の部分の成立は不知、同号証の二は印影の成立のみを認め他の部分の成立は不知、同号証の三は印影と金百五十九円也受取りましたの部分の成立を認め他の部分の成立は不知と述べた。

理由

控訴人がその主張の広島百貨店二階北側階段横八坪の店舗において婦人服生地の販売を業とする会社であり、被控訴人等がその販売員として控訴会社に雇われていた者であること、被控訴人等が雇われた日がそれぞれ控訴人主張の通りであることは当事者間に争がない。

而して成立に争のない疏甲第一、二、四号証によれば被控訴人等が控訴会社に雇われるに際し、控訴会社に対し在職中は勿論、退職後といえども同百貨店内服生地部に限り他の商店には就職しないことを誓約した事実が疏明される。

控訴人は昭和三十一年一月十四日被控訴人等を合意解雇したが、同人等は同年二月二日より控訴会社の店と同階の一軒置いた隣の婦人服生地販売業中田商店に就職し販売に従事したため控訴会社の顧客を同店に奪われ損害を蒙つたから前記誓約に基き被控訴人等が同店及びその附近で服生地の販売及び取次行為をしてはならない旨の仮処分を求めると謂うにあるから、先づ被保全権利である被控訴人等に対する就職差止請求権が存在するか否か、即ち前記の他商店への就職制限の約束は果して法的拘束力がありや否やの点について考察するに、原審証人中田博夫、竹谷唯男、藤原末子の各証言、原審被控訴人水木実枝子、原審並びに当審被控訴人吉岡一枝各本人尋問の結果に、本件弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人等は娘又は妻として家計を補助するため、或は未亡人としてその子供を養育しつつ生活を維持するため就職口を捜しているうち漸く控訴会社にその口を見出したためその雇傭契約に際しては喜びの余り前記誓約文言など問題にしないで誓約書に署名捺印し、爾来控訴会社の店員として六千円乃至一万円の給料を貰い、特別の知識、技能、経験を必要としない婦人洋服生地販売の補助をなし来たつたことが疏明され、右疏明に反する部分の原審並びに当審証人原田繁の証言は信用し難い。かように被控訴人等は被傭者としては控訴会社の営業の主流にはない全くの手伝人であり、その地位も低く、しかも解雇されれば容易に就職口を見出せないで直ちに生活に困難をきたす最も弱い立場にあり、仮りに他に就職しても所謂営業妨害になるような地位にないことも明白である。かかる弱者に対して就職の制限を約束させることは、たとい場所的に広島百貨店内の服生地部(十店以上あることは弁論の全趣旨により疏明される)に限定しても、被傭者の生活権を脅やかし、個人の自由を拘束する虞が十分で、傭主の利益を保護する必要につき特段の事情の認められない本件においては公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。このことは憲法第二十二条に職業選択の自由の保障同第二十七条に勤労の権利を規定して居り、旧憲法時代と異り個人尊重の観念が遥かに進んでいる現在、国民の権利の最大の尊重を要求している憲法第十三条の趣旨からも首肯されるところである。

然からば控訴人としては被控訴人等に対し前記誓約の履行を求めることは許されないものと謂うべく、本件仮処分申請の被保全権利である他店への就職差止請求権は存在しないものと謂わねばならない。従て爾余の争点につき判断するまでもなく本件仮処分申請は失当であるから、本件仮処分決定を取消し、仮処分申情を却下した原判決はもとより相当で本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のように判決した。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

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